「祐一、本当にやましいことしてないよね?」
「ああ、大丈夫だって昨日言っただろ?」
「じゃあなんで祐一が学校に呼び出されなきゃならないの?」
 早朝、一本の電話が水瀬家にかかって来た。電話の主は学年主任の幸村先生で、8時までに学校に来て欲しいとの言伝だった。朝早くから学年主任の幸村年生から電話があったことから、名雪は俺が何かヤバイことに首を突っ込んだのではないかと、終始不安の表情を浮かべていた。
「ははっ、多分二日連続で夜の学校に無断侵入した件だろう。應援團と一緒だったからお咎めなしだと思ったけど、世の中そんなに甘くはなかったようだな」
「うん、それくらいのことなら別にいいんだけどね……」
 名雪は最後まで不安の気持ちを払拭できなかったようだが、俺を信じて一応は納得してくれたようだ。
「そろそろ時間かな?」
「ああ。この時間なら渋滞もしていないだろうから、朝練にも間に合うだろうな」
 タイミングが悪いかどうかは微妙だけど名雪も朝練があるらしく、俺と名雪は急いで支度を済ませ、秋子さんの車に送られて学校へと赴いた。



第弐拾弐話「密會」


「うむ。8時5分前。社会人ともなれば開始15分前行動を要求されるが、学生の身分ならば妥当な時間と言えるのう」
 水高へ着くと、生徒昇降口前で幸村先生が出迎えてくれた。
「おはようございます、幸村先生。祐一、何もやましいことしてませんよね?」
 名雪は開口一番、幸村先生に俺が呼び出された理由を問い質した。俺が名雪にそれなりの呼ばれた理由は述べてみたが、それだけでは完全に納得できず、直接呼び出した本人に理由を聞いてみようと思ったのだろう。
「心配はいらんぞ水瀬。相沢の奴は何もやましいことはしておらん」
「本当ですよね? もしかして祐一を應援團に勧誘しようとしていたりはしませんよね?」
「何故そう思う?」
「この時間、應援團のみんなは屋上で応援歌の練習をしているはずです。いつもなら校舎全体にと言っても過言ではないくらいに應援團の声が響き渡っています。
 でも、今日は不思議なくらいにみんなの声が聞こえません。ということは、應援團は練習以上に大切な何かの理由があるから屋上にいない。そしてその大切な理由は、祐一を應援團に勧誘することだったりしませんか?」
 そう言えば昨日の早朝朝練がどうのこうの言っていたけど、應援團のみんなはそんなことをやっていたのか。
「見事な推理じゃの、水瀬。うむ。お前の言っていることは的を得ているぞ」
「お父さんとわたしが違うように、祐一とお父さんも違います。もしもお父さんの甥だからという理由で祐一を應援團に勧誘するというのなら、わたしは許しませんよ!」
「安心せい、水瀬。確かに祐一を應援團に勧誘しようと考えている教諭陣がいるのは確かじゃが、ワシは強要したりせんしそのような輩の意見は断固として拒否する。じゃが、教諭陣にそういった連中がいる以上一度は相沢本人の意思確認を行わなくてはならんと思ってな。
 相沢が拒否するならば勧誘派の教諭陣も黙るだろうし、本人が自由意志で入団を承諾するならば、お前も文句は言わぬであろう」
「はい、確かにそうですけど……。幸村先生、祐一をよろしくお願いします!!」
 名雪は最後まで腑に落ちないようだったが、幸村先生を信じ、頭を深々と下げ校舎内へと入っていった。
「……。すまんが相沢、今水瀬に話した理由は嘘じゃ。應援團が朝練をしておらぬ理由は他にある。相沢絡みのことだというのは本当じゃがの」
「はい。やっぱりそうでしたか……」
 幸村先生は名雪に話した理由が嘘だと言いつつ、本当に呼び出した理由は最後まで口にしなかった。それだけ、一昨日の晩から連続して起きた事件は口外できないのだろう。
(名雪、ゴメン。俺も嘘を吐いてた。どうやら俺はもう、後戻りできない所まで首を突っ込んでしまったらしい……)
 俺は既に姿のない名雪に謝罪しつつ、校舎内へと入っていった。



「これで全員揃ったな」
 幸村先生に案内された場所は校長室だった。そこには應援團メンバー全員の他に、校長先生、石橋先生、伊吹先生の姿があった。
「全員? 川澄の野郎がいないじゃねぇっスか! 祐一が呼び出されたのに川澄がいないのはどういうことっスか、幸村先生!!」
 この場に当事者の一人である舞先輩の姿がないことに、潤は酷く不満のようだった。確かに、俺が呼び出されたのに舞先輩がいないのは気になる。
「もしこの場に呼んだら、お前が真っ先に食って掛かるかもしれんからのぅ。川澄の身を案じてのことじゃ」
「へっ、オレにこんな傷を負わせた奴の身を案じるっての滑稽なもんスよ」
 潤は痛々しく首筋に残る痕を擦りながら、皮肉めいた声で呟いた。
「舞ちゃんには私から言っておきますから、今は気を静めてください北川君」
「公子先生に言われちゃしょうがねぇな。ここはガマンしますよ」
 伊吹先生に宥められ、潤はようやく気を静めたのだった。
「さて、北川の方は多少気を荒くしているようじゃからのぅ。斉藤、お前が昨晩の成行きを話してくれ」
「はい」
 斉藤は、昨夜の事件の一部始終を話し始めた。
「……。昨日事件を起こしたのは水瀬工業の生徒達です。俺自身は顔に見覚えはありませんが、彼らが宮沢團長の名を口にしていたことから、恐らく團長に恨みを持つ者の反抗かと思います」
「うむ、ご苦労。というわけだ、宮沢。お前に恨みを持ってそうな者の心当たりはおるか?」
「心当たりっていっても多過ぎて誰だかまで分からねぇな。入院先の病院に行って顔を確かめれば早いんだろうけど、行ったら行ったでその場でケンカになりかねぇしな」
「應援團に自衛権が認められていることを知ってれば、そう簡単に手出しはして来ないはずなのにね。まっ、北の将軍様みたいに不利益になると自覚してもミサイルを日本海にぶっ放して挑発して来るような頭の悪い人は国家的指導者レベルでいるんだから、そんじょそこらの不良生徒が突っかかって来るのも不思議じゃないけど」
「自衛権が認められているってどういうことだ、香里?」
 自衛権という言葉が気になり、俺は香里に訊ねてみた。
「言葉通りよ。應援團は特例として自衛権が認められているの。具体的には、我が校の生徒が同校並びに他校の生徒によって暴力的な脅威に晒されている場合などに行使できる権利のことよ。
 普通喧嘩沙汰になればどんなに正当な理由があっても問題行動って見られるでしょ? でもね、應援團は自衛権が認められると判断された場合に限り、暴力的な脅威に対し、武力を伴う制裁により解決を図ることが許されているのよ。
 つまり、應援團が暴力を振るっている相手に暴力で対処しても、何のお咎めも受けないってことよ。対する相手はどんな理由でも暴力沙汰は停学レベルの不祥事となる。水高の生徒に手を出せば、学校から武力により事を解決することを認められている應援團が出て来る。そうなれば自分たちは圧倒的に不利になる。
 だから、水高の生徒には手を出すな。絶望的に頭が悪い人でない限り、そう判断するはずよ。用は應援團の「応援」には、単に学校の行事において応援することだけではなく、暴力に晒されている母校の生徒に対し、実力行使によって「応援」する集団という意味も含まれてるってこと。
 また、應援團には同校の生徒を守るという個別的自衛権だけじゃなく、管内の他校の生徒を守る集団的自衛権も認められている。だから、時と場合によっては他校の生徒に手を出している母校の生徒に制裁する場合もあるってこと。
 そんな感じに、水高の應援團は管内における自衛隊的な役割を果たしているのよ。そのお陰でこの地域一体の少年犯罪は日本全国でも最もというくらい低かったりするのよ」
 成程。つまり應援團はこの地域全体のあらゆる暴力、不良行為に対する抑止力というわけか。昨日潤は話していなかったが、地域の抑止力というのも、應援團の存在意義の一つなのだろう。
「それと、二つほど気になることを言っていました」
「ほう、それは?」
「『應援團の巡廻が2人だなんて話は聞いてない』まずはこれが一つ。應援團が夜中に学校の警備をしていて、その人数が基本は一人というのは学校関係者しか知らないはず。
 そしてもう一つは、悪霊を封印した石碑が應援團にとってこの上なく大切なものだと知っていたこと。これに関しては学校でも深い関係の者しか知り得ていない事実です」
「つまり、昨日の事件を起こした者は実行犯に過ぎず、黒幕は他におり、それは我が校の関係者だ。そう言いたいのじゃな、斉藤?」
「はい」
 成程。他校の生徒なのに應援團が夜の学校を巡廻していることを知っているというのは俺も気になったけど、昨日壊された石碑の詳細を知っているのは学校の中でも一部の者にしか過ぎないのか。
「久瀬だ! 久瀬のヤローに決まっている!! 奴は昨日俺や倉田先輩にコテンパンにされたからな! その恨みを晴らそうと利害が一致する他校の生徒を使って應援團のメンツを潰そうとは、卑怯者のアイツならやりかねぇえぜ!!」
 幸村先生の黒幕は我が校の関係者という言葉を聞いた途端、團長が久瀬が犯人だと言わんばかりに騒ぎ始めた。昨日の不良生徒も久瀬も團長に対して裏恨みを持っているならば、互いに共謀して恨みを晴らそうと画策しても確かに不思議ではない。
「落ち着け宮沢! 確かに久瀬は限りなく黒に近い灰色だろう。だが、それでも確固たる証拠がないのに彼を黒幕だと決め付けるのは早計だ」
 黒幕を久瀬だと決め付ける團長を、副團が咎めた。團長の気持ちは分からないでもないけど、ここはやっぱり副團の判断が妥当だろう。
「ヘッ、証拠なんざ俺自らが久瀬を問い詰めて自白させてやるぜ!!」
「それは認められんな宮沢。昨日のようにお前が自白を迫ろうとしたら、また暴力沙汰になりかねん。昔ほどではないにせよ、お前は相変わらず血の気が多いからのぅ。気持ちは分かるが今回は我慢せい。生徒会長への事実確認は、わしが行っておこう」
「クソッたれが!!」
 團長は自らが久瀬への尋問が出来ないことを悔しがり拳を握ったが、そこでジッと耐えたのだった。恐らく團長になる前の彼ならば、幸村先生の制止を振り切ってまで久瀬を問い詰めに行ったのだろう。それを自重したのは、團長としての自分の立場を自覚したからだろう。
 幸村先生は血の気が多いと言ったけど、それでも團長は以前より人間として成長したのだと俺は思った。



「そして、直後彼等に封印されていた悪霊が取り憑き、彼等を悪霊から解放する為、止むを得ず“力”を使いました」
「うむ。ご苦労。しかし、力を使ったのは止むを得ないとはいえ、これは厄介なことになったのぅ……」
 斉藤の話を聞き終えると、幸村先生は苦笑しながら俯いた。
「なぁに、確かに大変なことにはなったが、オレ等應援團が力を合わせれば悪霊の一つや二つは撃退できるッスよ!」
 自分と斉藤の2人でもそれなりに対処できたのだから、應援團が総出でかかれば問題ないと、深刻に悩む幸村先生とは対照的に、北川は割りと楽観的だった。
「無理じゃな」
「おい、無理とはどういうことだ幸村のジジイ! 俺等應援團鉄の結束が悪霊如きに劣るとでも言いたいのかよっ!?」
 あっさりと幸村先生に否定されたことに、團長は怒りをあらわにした。
「あたしは幸村先生の言う通りだと思うわよ、宮沢君」
「なっ、美坂。お前は幸村のジジイの肩を持つっていうのか!?」
「落ち着け、宮沢。美坂君の言いたいことは僕にも理解できる」
「なっ、西澤、お前もか!?」
「いいか宮沢、33年前は悪霊を“封印”したんだぞ? いいか“撃退”じゃなく、“封印”だ」
「あっ……」
 副團に説明され、ようやく團長も香里の言いたいことが理解できた様子だ。
「33年前の歴代最強の双璧と謳われた李應援團長と水瀬副團長の2人でさえ、“封印”がやっとだった。だから、あたし達にも撃退は不可能。そういうことですよね? 幸村先生」
「うむ、その通りじゃ美坂。……と言いたい所だが、実は少し違う」
「どういうことですか、幸村先生?」
「そもそも悪霊、いや所謂霊やら魂というものはどんな存在だかお前たちは理解しておるか?」
 幸村先生の質問に、辺りは一時沈黙した。確かに、よく幽霊やら魂の話は聞くが、具体的にどんな存在かは考えてもみたこともない。
「僕はそもそも霊などというものに懐疑的ですが、まずこの世に存在するからには何かしらの原子や素粒子により構成されたものには違いないでしょう。原子や素粒子などこの宇宙に存在しない物質で構成されているなどあり得ないですからね」
 成程。副團の説明はなかなか的を得ている。幽霊という言葉を聞けば未知の存在のように感じるが、そもそもこの宇宙のあらゆるモノは原子や素粒子などで構成されているのだ。だから、例え科学的に未だ立証されていない存在でも、この宇宙に存在する何かしらの物質で構成されているという仮説は成り立つのだ。
「そしてこれは僕の仮説ですが、霊や魂というものは、人間の感情を形成する物質が強い恨みや無念の想いを引き金とし、肉体から乖離したものなのではないかと」
「わしも霊は専門外じゃが、西澤の仮説は大方当たっているじゃろう。そこでじゃ、お前らの“蝦夷の力”は霊を直接攻撃できると思うか?」
「えっ、だってオレと斉藤は昨日……」
「それは、人間という物理的な攻撃が可能な者に憑依したから可能だったのじゃ。わしが訊いておるのは、霊そのものに直接攻撃を加えられるかということじゃ」
「僕の“眼”ならば霊体そのものを見ることは可能かもしれませんが、直接攻撃を加えるのは無理でしょう」
 後から聞いた話だけど、副團の“力”は常人より優れた目だとの話だった。何でも副團は、やる気になれば倍率100倍の顕微鏡でようやく見ることが叶う物質も自分の目で見ることが可能なそうだ。
「そういうことじゃ。いくら“蝦夷力”を持ってしてでも霊を直接攻撃したり封印することは不可能だ。せいぜい北川と斉藤がやったように、霊を取り憑いた人間から離すのが精一杯じゃの」
「待ってください。では、33年前に封印したのは春菊先生達ではなく、他の誰か、ということですか?」
「そういうことじゃよ、伊吹先生。校長先生、話してもいいかの? 應援團にさえ極秘中の極秘だった、あのお方のことを」
「止むを得まい。封印が解かれた今となっては真実を話さねばなるまい……」
「分かりました。では皆に話すとしよう。33年前に悪霊を封印された“陰陽師”の話を……」



「陰陽師? なんだそりゃ?」
「北川君、日本史の勉強くらいちゃんとしておきなさい。いい? 陰陽師っていうのは、自然界の万物は陰と陽の二気から生ずるとする陰陽思想と、万物は木・火・土・金・水の五行からなるとする五行思想を組み合わせた、陰陽五行説という思想に基づいた陰陽道を司る人達。言わば、神道における巫女さんとかに値する人たちのことよ」
「うむ。なかなか模範的な解答じゃ。北川、お前も少しは美坂を狙って勉強をせい」
「はいはい。で、その陰陽師が今回の事件にどう関わっているんスか?」
「うむ。陰陽道とは所謂呪術の類で現代から見れば眉唾ものと言えるかも知れぬが……。ここまで言えばお前たち“蝦夷力”を持ちし者ならば、わしが何を言いたいか分かるであろう?」
 幸村先生がそう問い質したら、みんなはハッとして言葉を呑んだ。俺は能力者ではないが、幸村先生の言いたいことは大体理解できた。それは恐らく……
「つまり、陰陽師と呼ばれた者も僕たちのような能力者だと……?」
 最初に口を開いたのは副團だった。
「そういうことじゃ。最も、わしも詳しくは知らぬが、実際に特殊な能力を持っていた陰陽師は、安倍晴明あべのせいめいと、その晴明の力を受け継いだ者だけだという。
 明治以後陰陽道は衰退の一途を辿ったが、未だに宮中には晴明の力を継いだ方がいらっしゃる。33年前に悪霊を封印されたのは、その陰陽師の力を引き継いだお方じゃ」
「つまり、今回もその陰陽師を呼べば万事解決ってワケか。俺自身が悪霊に直接手を出せねぇのは悔しいが、今はそんなこと言ってられねぇしな」
 團長は、今回の件で自分が活躍できないことが本心では悔しいようだ。そもそも今回の事の発端は團長に恨みを持つ他校生徒が犯したことなのだから、自身の手でケリを着けたいという團長の気持ちは理解できる。
「それで、その方はすぐにでも来てくれるんスか?」
「うぅむ、すぐには難しいだろうな。恐らく来ていただくには1、2週間はかかるであろう」
「1、2週間だって!? そんなに待ってろって言うのか! こっちは一刻を争っているっていうのに! その陰陽師ってのは一体何様なんだ!?」
「やんごとなきお方なんじゃない?」
 潤の怒りに対し、香里が冷静な声でボソリと呟いた。
「やむごとなきお方って、誰だ?」
「もう少し日本語を学んだらどう? 北川君。いい? やんごとなきお方というのは、非常に高貴で尊い方という意味よ。さっき幸村先生は“宮中に伝わっている”と言ったわ。宮中というからには、少なくとも宮内庁の職員クラスを指した言葉じゃない。それは恐らく皇居、皇族に近いお方が受け継いでいるということじゃないかしら?」
「うむ。流石は学年主席の美坂、鋭い洞察力じゃ。美坂の言うとおり、陰陽師の力を受け継いでいらっしゃる方は、皇族関係のお方じゃ。具他的にどのお方かまではわしの口からは言えんがな」
 成程、皇族のお方が力を引き継いでいらっしゃるというのならば、すぐには来れないというのは納得がいく。様々なご公務でお忙しい皇族の方々の日程を調整するのは容易なことではないだろうから。
 しかし、正体は明かせないとはいえ、皇族のお方が“蝦夷力”のような力をお持ちであるということは驚くべきことだ。ひょっとして天皇は何かしらの力を持っていたからこそ、“神”として称えられていたのではないかと、ふと思った。
「しかし、恐らく今度も“封印”が精一杯であろう。本当は成仏させられれば一番良いのだが、相手が相手だけにそうもいかんしな」
 幸村先生の話によれば、その悪霊というのは平安時代に朝廷側に処刑された蝦夷の民であるという。朝廷の最大の権威者は帝だ。つまり、天皇に近い皇族のお方は、悪霊にとって最も憎むべき対象なのだ。相手が憎むべき者だから、陰陽師の言葉に耳も貸さず必死に抵抗しようとする。故に封印が精一杯なのだと。
「もしも神夜さんがおれば上手く事を運べたかもしれぬが、今となってはもう叶わぬことか……」
(神夜さん!?)
 幸村先生がさらっと口にした名に、俺はハッとした。何だろう……? ずっと昔に神夜さんという名前を聞いたことがあるような気がする。いや、それだけじゃない。誰かと神夜さんという人に関して大切な約束を交わした気がする……。
「今回の件に関しては以上じゃ。この件は無論極秘につき他言無用じゃ。また、当面の間應援團による夜の警備は中止とする。その時間を利用し、應援團員は各自鍛錬に励め」
 幸村先生曰く、下手に應援團が夜の警備をし悪霊に取り憑かれるのが一番厄介なことらしい。何故ならば、悪霊はただでさえ人間のリミッターを外して襲い掛かって来る。それがもし“力”を持ちし應援團に取り憑いたのなら、一般人に取り憑いた以上の脅威となる。
 そもそも33年前の事件も、夜の警備を行っていた應援團に悪霊が取り憑いたから事態がより深刻化したとのことだった。
「では各自、あとは教室に戻り通常通り勉学に励むのじゃ」
 その後幸村先生が解散の合図をし、各々自分の教室に向かっていった。



「……。そういうわけじゃ。月見はいつ頃できそうかのぅ?」
「そうですね。先生の仰ったように1〜2週間後が月見日和だと思います。日程の調整やらは私たちの方で何とかしますので」
「苦労をかけるのぅ」
「いえいえ。“月見”はともかく“日光浴”の方はやりたくてたまらないと仰りそうですよ。何せ毎日のようにお姉たちと部活動に励んでおりますから」
「それは心強い限りじゃ。33年前と同じ事態になれば、今の軟弱な應援團はそれこそ応援しかできぬだろうからな」
「相変わらず自分の生徒達には手厳しいですね。最も、私やお姉達の方が三十路前後な割には彼等より戦力になるでしょうけど。くっくっく」
「最も、“日光浴”は控えていただきたいのが本音じゃがのう」
「あのお方はお姉達と馬が合うくらい血気盛んなお方ですから、止めても無駄だと思いますよ。それに、私やお姉たちも場合によっては同行すると思いますよ……」
「ほう“部活動メンバー”も“月見”に繰り出すと言うのですかな?」
「はい。あの娘が今回の事件に絡んでいるかどうかによるでしょうが。先生、正直に答えてください。あの娘は今回の件に絡んでいるんですか?」
「うぅむ。昨晩は現場にいたという話は聞いたから、間接的には絡んでいると言えるかもしれん」
「そうですか。間接的にも絡んでいるのなら、お姉達は進んで救援に向かうでしょうね」
「ほう。クニが滅びても精神は残っておるということか」
「はい。例えあの村が滅びた今でも、あの紛争によって培われた村の精神は滅びませんよ。私達はもう、大切な人を亡くす悲しい想いはしたくないですから……」
「……。時に“太陽”と“月”の足取りは掴めたかの?」
「いえ、残念ながら掴めていません……。“太陽”の方は常に移動している身ですから目撃情報を掴むのがやっとですし、“月”の方はあの娘が亡くなった年から換算して15歳前後だと言うのは分かっていますが、全国の15歳前後の男女全てを調査するというわけにもいきませんので」
「やはり、未だに望みは持っておるのか?」
「はい。可能性は低いでしょうが、あの娘がそうだったように、あの娘の記憶を受け継いでいるのではないかという僅かな希望を持って、みんな探しています。
 死んだ人間と再会できるわけはないとみんな分かってます。でも私が個人的に彼を探し続けているように、お姉達も幸せだったあの頃に帰りたいと思ってるんですから。そう、ひぐらしがなくあの頃に……」

…第弐拾弐話完


※後書き

 「kanon傳」第拾参話前半部に相当する回です。前回に続き今回も謎の会話で締め括っていますが、話している人物の名前は敢えて出しておりません(笑)。当初は出そうかと思いましたが、会話の口調から誰だか判断できるようにした方が面白いかなと思いましたので。とりあえず前回から某作品とクロスオーバーしたことはネタばらししておきますが(笑)。
 ちなみに、作中で名前が出て来た安倍晴明が、この作品群の世界ではどんな人物か知りたければ、『日月あい物語』のほうに目を通してください。
 さて、「Kanon傳」における13〜15話辺りって、個人的に中だるみしていた感があった辺りの話ですので、今回はそうならないように書きたいものですね。

弐拾参話へ


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